東京地方裁判所 昭和31年(行)120号 判決 1958年5月26日
原告 国
被告 中央労働委員会
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
原告指定代理人は
「被告が中労委昭和三〇年不再第三〇号下当労働行為再審査申立事件について、昭和三一年一一月七日なした命令を取消す。
訴訟費用は被告の負担とする。」
との決判を求め、
被告指定代理人は
「主文同旨の判決」
を求めた。
第二請求原因
一 訴外広田政彦は、昭和二三年七月三〇日米軍キャンプ大阪関目倉庫の自動車運転手として原告に雇用され、昭和二八年一月以降は、米軍キャンプ神戸沢の町モータープールに自動車運転手として勤務する駐留軍労務者であつた。
これら労務者に対する解雇などにつき原告の委任を受けている右部隊は、昭和三〇年三月三一日広田が「日米関係に有害な情報を散布するため米軍基地を使用した」ことを理由として、同人に対し同年四月三〇日限り雇用関係を終了させる旨の解雇の予告をした。
広田の所属する全駐留軍労働組合(全駐労)大阪地区本部は、同年五月二〇日右解雇を労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為として、大阪府知事を被申立人として大阪府地方労働委員会に救済の申立をした。
同委員会は昭和三〇年一二月一六日「(一) 使用者は広田政彦を原職に復帰せしめること(二) 使用者は広田政彦の解雇の日より復帰の日までの間同人が受くべかりし賃金相当額を支払うこと(三) 前二項は本命令交付の日より一〇日以内に履行すること」との救済命令を発したので、同知事は同月二八日右命令につき被告委員会に再審査の申立をし、請求の趣旨記載の事件として係属したところ、被告委員会は、昭和三十一年十一月七日別紙の通り再審査申立を棄却する旨の命令を発し、この命令書写は同月一二日に同知事あて送達された。
二 しかし広田の解雇は、同人が「日米関係に有害な情報を散布するため米軍基地を使用した」ことのみを理由としてなされたものであつて、同人の正当な組合活動を理由としてなされたものでないから、労働組合法第七条第一号に違反するものではない。
従つて、これを不当労働行為と認定し、再審査申立を棄却した被告の右命令は違法であるから、これが取消を求める。
第三被告の答弁
一 原告の請求原因第一項の事実は認める。
二 しかし、広田の解雇については、別紙命令書第一掲記の事実があり、これらの事実から同第二のとおり判断すべきものであるから、広田の解雇は不当労働行為を構成する。
従つて原告主張の大阪府地方労働委員会の命令は適法であり、これに対する原告の再審申立を棄却した被告の命令も適法であるから、原告の請求は理由がない。
第四被告の答弁に対する原告の認否および主張
一 別紙命令書第一中一の事実、二の事実のうち冒頭より軍の回答が三月一七日府知事より組合に伝達されたまでの事実、三月二四日附組合ニューズ第一五七号に被告主張の記事が掲載され、組合員に配布されたこと、同四の事実はいずれも認める。
二 しかし広田は、昭和三〇年三月二五日用務のため兵庫県西宮市甲子園所在キャンプ神戸基地に赴いた際同基地内において、何等事前に軍側に手続をとることなく、ほしいままに「山口副委員長の府議立候補に米軍解雇で脅迫、国民の権利を守るため断呼闘争を決意」という表題をつけた右組合ニューズ第一五七号の文書数枚を同基地労務者岡越清隆、城谷節二らに手交した。
右文書の内容は真実に反するのみならず、米軍をそしる記載がなされていたので、広田の勤務先のキャンプ神戸堺分遣隊労務連絡士官が二回にわたり、広田をよんでこの文書配布の事情等に説明を求めたが、広田はあいまいな言葉を用いて釈明に応じなかつたばかりでなく極めて非協力的、反抗的な態度に終始していて配布事情が明らかにされなかつたため、同隊においては、広田の右文書配布行為は、日米間に有害な情報を散布するため米軍基地を利用した場合にあたるものと認め、基地管理権に基き同月三一日解約の告知をしたものである。
三 広田の配布した文書の内容は、日米間に有害な情報にあたる。
在日米軍は、日米安全保障条約に基き、我国の安全と平和を防衛するために駐留するものであり、その関係はつねに相互の信頼によつて維持されるべきものである。
しかるに広田の配布した前記文書は、虚偽の事実を不穏当な表現方法を用いて記載し、米軍の名誉をけがし、ひいては日米関係を悪化させるような内容をふくんでいるものであつて、明らかに日米間に有害な情報にあたるものである。
(一) 配布文書の内容は虚偽の事実を記載している。
キャンプ神戸堺分遣隊勤務の訴外山口登の府会議員立候補に伴う休暇申請およびこれに対する軍側の拒否が昭和三〇年三月一七日大阪府知事を通じて全駐労大阪地区本部に通知された経緯は別紙命令書第一の二認定のとおりであるが、山口は同月一三日頃から休暇願を出すことなく無断欠勤していたのにかかわらず(この点休暇願を提出して欠勤していたとする被告の認定は誤りである。)。出退勤記録には出勤したように記帳させて、その間の賃金を受領しており、また軍の右回答によつて休暇の許可を与えられないことを予知した後である同月二一日以降も引続き許可なく欠勤していたので、同月二五日大阪府外務課長より組合を通じて出勤方を要求し、更に翌二六日には大阪渉外労務管理事務所長より同人にあてて文書でこの旨を通知したところ、前掲組合ニューズ配布後である同月二九日に山口は勤務先に出勤して基地人事課のゴーマン軍曹と面接し、同軍曹と別紙命令書第一の二に認定の問答がなされたのである(右問答が前記組合ニューズ第一五七号の配布前の同月二三日にあつたとする被告の認定は誤りである。)。
以上のとおり米軍が山口の立候補について干渉した事実はなく、ましてや同人の立候補について解雇をもつて脅迫した事実はない。
しかるに前記文書には、「山口副委員長の府議立候補に米軍解雇で脅迫」と全く虚偽の標題を付し、虚偽の事実によつて国民の米軍に対する信頼感を失わしめるような記載がなされている。
(二) 配布文書の表現は著しく不穏当である。
右文書は、右のように虚偽の標題を付したのみでなく、その文中においても、「国民の基本的権利を蹂躪する回答をして来た」、「米軍の横暴を封殺せんとしている」など著しく過激で、かつ、米軍をそしるような表現がなされている。
およそ、使用者が労務者の公民権の行使につき、できるかぎりこれを容易ならしめるように協力しなければならないことは当然であるが、自己の事業経営上の必要を無視してまで不必要な休暇を与えなければならないものではないので、山口の選挙運動ないしは立候補準備等について一ケ月以上にわたる休暇を与えることは作業上の理由から不可能であるとしてこれを許可しなかつたからといつて、これを「基本的人権の蹂躙」、「米軍の横暴」などの表現を用いて多数人に配布することは著しく不穏当であり、ことさらに米軍をそしる目的で作成されたものといわなければならない。
(三) 配布文書は日米間に有害な情報である。
広田の配布した文書は、前記のように、虚偽の事実をことさら誇大にしかも悪意に満ちた表現方法を用いて米軍の名誉をきずつける内容を有しこれが配布されるときは、読者をして米軍に対する不信の念をいだかせ、これを「嫌悪」させるに至るであろうことはたやすく想像されるところであつて、ひいては在日米軍の存立にすら危険を及ぼすもので、国際関係上からも極めて好ましくないものであつて、かかる文書が日米間に有害な情報にあたることはいうまでもない、
四 広田の文書配布行為は正当な組合活動でない。
(一) 広田の配布した文書は正当な組合活動の範囲に属する文書でない。
広田の配布した文書は、その外形は組合ニユーズ第一五七号として、全駐労大阪地区本部のする組合活動としての広報宣伝のための文書であるような形を備えているが、その内容は前記のように故意に虚構の事実を誇大かつ不穏当な言辞を用いて米軍の名誉をきずつける内容をふくんでいるものであり、かつ、本件記事の内容は、組合活動の本来の分野に属さない労働者の政治活動に関連するものであつて、到底これが正当な組合活動の範囲に属する文書とは考えられない。
被告は、この文書の表現に穏当を欠くきらいがあつたとしても、これをもつて直ちに日米関係に有害な情報と称するのは当らず、労働組合に許された宣伝活動の自由を逸脱するとはいえないと判断しているが、労働組合に許された宣伝活動の自由も虚構の事実を不穏当な言辞で表現し他人の名誉を侵害することの許されないことは当然であつて、かかる文書が正当な組合活動に属するものとは到底考えられない。
(二) 広田は組合活動として右文書を配布したものでない。
広田は他の基地に用務を帯びて出向いた機会に被配布者と雑談中、話が山口登の件にふれ、これが話題に提供する形で文書を交付したに過ぎず、広田自身においても組合活動として本件文書の配布を行つたものでないことを明言しているところである。
従つて広田の文書配布行為が組合活動としてなされたものでないことは明白である。
(三) 仮に広田の右行為が組合活動としてなされたとしても、広田の配布行為は協約に違反する違法な行為である。
全駐労と国(調達庁長官)との間に締結された労働協約第五八条によれば、事業場内において休憩時間および作業終了後組合活動をすることを承認されているが、協約と同時に両当事者間に作成され、協約の補充的効力を有する確認事項三によれば「第五八条は組合活動自由の原則を確認したものであつて、行政協定第三条に基く軍の権限を排除するものではない。従つて軍の施設又は区域において組合活動を行う場合においては軍の必要とする手続をとるものとする」とされ、基地内において組合活動を行うには予め基地管理者の事前の承認等所要の手続をとつた上でしなければならないことになつている。
しかるに広田はかかる手続をとることなく、ほしいままに基地内において文書配布を行つたのであるから、仮に広田の文書の配布行為が組合活動であるとしても、広田の配布行為は、労働協約に違反する違法な行為であるから、これを正当な組合活動と評価することはできない。
被告は広田の配布行為は軍に対して所要の手続を経ていないか、基地管理権に触れるものでないと判断しているか、日米行政協定第三条は合衆国軍隊のために許容された施設および区域内においては、合衆国は設定、使用、運営、防衛又は管理のため必要な権限を行使できるものであつて、労働運動といえどもこの管理権を排除するものではない。この故に労働協約の補充的意味をもつ協約当事者間の確認事項として、基地内における労働組合活動のためには軍の必要とする手続をとるものとされているのである。
従つてこの所定の手続を履践しない行為は、本来協約違反の行為であつて、当然基地管理権の対象となるものであるばかりでなく、本件配布文書の内容からいつてもこれを正当な組合活動とは認め得ないものであるから、その配布行為について基地管理権を行使することは何等違法ではない。
五 以上のとおり、広田のした行為は「日米間に有害な情報」を配布するため米軍基地を使用した場合に該当することは明らかであり、その行為が労働組合活動としてなされたものでもなく、またなされたとしても正当なものでないから、同人を行政協定第三条による基地管理権にもとずいて解雇したことは何ら不当労働行為を構成する筋合ではない。
六 広田の勤務先であつた沢の町モータープールが被告の命令後廃止されたので、原告は広田に対し昭和三二年九月三〇日をもつて解雇する旨の予備的解雇の意思表示をした。
七 以上何れの理由によるも被告の命令は違法として取り消さるべきものである。
第五原告の右主張に対する被告の答弁
一 広田に対する解雇が原告主張の組合ニューズ第一五七号の配布行為を原因としてなされたことは認めるが、右文書の配布は別紙命令書のとおり正当な組合活動であるから、結局広田の正当な組合活動を理由とする解雇であつて不当労働行為を構成する。
二 原告は、広田が組合活動をして右文書を配布したのでないと主張し、広田が、右配布行為を「組合活動とも考えておらず」と明言したことを援用している。なる程大阪府地方労働委員会における昭和三〇年六月一日附組合陳述書に添附された同年三月三〇日附広田が解雇予告直前に米軍労務士官に提出した陳述書には、広田が本件文書配布行為について「これが組合活動とも考えておらず」というような表現もあるが、これは組合活動として行つたという許可を得ていないと反駁されることをおそれた事情に基くもので、かかる表現があつたからといつて広田の文書配布行為が客観的に組合活動に該当すると認定することの妨げとなるものではない。
三 広田が右文書の配布をするについて軍に対する所要の手続をとつていないことは認める。
しかし被告は広田の行為が協約第五八条および同条に関する確認文書の文言の趣旨から見て基地管理権に触れる如き態様のものでなく、また職場秩序に反するものとも認められないと判断したもので、事の軽重の面から見て懲戒処分をもつて問責すべき程度のものでないと判断したにとどまり、全く基地管理権の対象とならないとまで断言したものではない。
四 原告は被告の事実認定の誤りを主張するが、原告指摘の二点については、被告の認定の根拠となる乙第一号証の四五(大阪府地方労働委員会における昭和三〇年七月二〇日審問調書中の証人山口登の供述記載)等の資料が存在するから、被告の命令には事実誤認はない。
また右二点はいずれにしても本件不当労働行為の認定に重大な影響を及ぼす事柄でない。
五 広田の勤務していた米軍基地が被告の命令後廃止され、原告より広田に対し原告主張のとおりの予備的な解雇の意思表示がなされたことは認める。
しかし被告の命令以後の事情は、その命令の適法違法を定める事情となるものではない。
第六立証<省略>
理由
第一 原告の請求原因第一項の事実は当事者間争ない。
第二 別紙被告命令書理由第一の一の事実と広田に対する解雇は、同人が昭和三〇年三月二五日用務のため兵庫県西宮市甲子園所在キャンプ神戸基地に赴いた際別紙添附の組合ニユーズ第一五七号数枚を同基地労務者岡越清隆、城谷節二らに配布したことを理由としてなされたことは当事者間争ない。
一 原告は右組合ニューズ第一五七号は虚偽の事実を記載した文書であるから、これを配布した行為は正当な行為でないと主張する。
組合活動としてなされる文書の配布であつても配布者がその文書に記載されている文言により他人の人格、信用名誉等を毀損失墜させ又はさせるおそれがあり且つ文書に記載の事実関係が虚偽であることを知り又は知らなくても容易に知り得るべきものであつて、知らなかつたことにつき重大な過失があつたりその他文書の記載自体、配布の状況などによりその配布目的が専ら他人の権利、利益を侵害する悪意を有し又は有するものと認められるときは一応不当のものというべきである。
しかし広田が右ニューズの内容が虚偽であることを知つていたとの主張、立証はなくまた右文書の記載自体からいつても、別段の事情の主張立証のない本件では広田が右記事の虚偽であることを容易に知り得たというに足りない。
そして成立に争ない乙第三号証の一と乙第一号証の四五中岡越清隆の供述記載、同第一号証の四八中証人広田政彦の供述記載原本の存在とその成立に争ない乙第一号証の四によれば、広田は昭和三〇年三月二四日全駐労大阪地区本部において約二、三〇枚の別紙添附の同本部発行の組合ニューズ第一五七号を組合員に配布するため受領し、翌二五日朝その内五、六枚をモータープールの夜勤者でバスで帰る者に交付するためポケットに入れて持つていたが、夜勤者に会う機会がなく、たまたま材料受領のため同日午前一一時頃甲子園所在キャンプ神戸基地に赴き一二時五分頃積込を完了し、昼食のため同所日本人食堂に行き、昼食休憩中偶然広田の元同僚であつた駐留軍労務者岡越清隆と会い、同人から大阪方面で変つたことはないかというようなことを聞かれたので、こういうものがあるから読んでおいてくれといつて手持の組合ニューズ第一五七号の内三枚程を岡越に、二枚程をその場にいた同基地労務者城谷節二に渡し、岡越には副委員長山口が立候補するからといい、城谷からニューズを受けとつた労務者有末には、基地労務者のため、代表を地方議会に送るべきこと、山口が立候補するが休暇が与えられないこと、行政協定に定められたことが駐留軍労務者に十分実施されていないことなどを話したことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定の配布の状況と文書の記載自体とに徴すると、広田の右文書の配布の目的が専ら軍の名誉信用を侵害する悪意に出たとは認められないしまた悪意を推定するにも足りない。
従つて、広田のように右ニューズの編集、発行には関係がなく単に地区本部から組合ニューズを受領して組合員にくばる地位にある者がその文書の内容が虚偽であることを知らず又は知らないことにつき重大な過失がなくその他不当の目的を有しないでこれを配布したときは、右行為が他の点で違法でないかぎり正当な組合活動であることは当然というべきである。
したがつて右と見解を共にし後日労働委員会や、裁判所が証拠調をして右文書の内容が虚偽であるとの一事をもつて、これを配布した行為は正当なものでないと判断すべきであるとの考え方には賛成できない。
してみれば原告の配布にかかる右文書が虚偽であるとして、請求原因三の(一)において主張する被告の命令中事実認定の誤りを攻撃する部分は、本訴における原告の主張の限度においては、広田の解雇が不当労働行為を構成するかどうかには関連がないというべきである。
二 次に原告は右文書の表現は極めて不穏当であり、米軍の名誉をきずつけるもので、結局その内容は日米間に有害な情報に該当すると主張する。
「日米間に有害な情報」というようなことは観点によつて異つた結論が導き出される観念であるが、本件では労働委員会が不公正な差別扱を排除し、労働者の団結権、団体行動権等を助長するため行政上の救済を与えるについて、同委員にまかされた、裁量の範囲を逸脱しているかどうかという観点から考察すべきものと考える。
このような観点からすれば、結局当該労働者の救済との関連においてこの文書の当否を考えることに帰する。
そして前認定のとおり広田は右組合ニューズ第一五七号の内容が虚偽とは知らず、また知らなかつたことが不当であるとは認められないのであるから、このことを前提として、右組合ニューズの内容を見れば、右文書は広田の救済を拒否するに足りる程顕著に表現が不穏当でもなく「日米間に有害な情報」と称する程でないとする被告委員会の判断が被告にゆだねられた裁量の範囲を逸脱した違法があるとは認められない。
原告は、米軍がその業務の都合により、山口登に軍の事業経営上の必要を無視してまで、同人が府会議員選挙に立候補するための休暇を与えなければならないものでもないと主張し、これにそう原本の存在とその成立に争ない乙第一号証の三〇(調達庁労務部長通達)もあるけれども、組合としても、日米行政協定第一二条第五項、労働基準法第七条に基いて駐留軍労務者の公民権行使が保障さるべきことを主張することも当然であり、かつ、右通達によれば、立候補した労務者が軍の休暇の不承認により退職するか、立候補を断念するかの岐路に立たされる結果になるため、極力軍の承認が与えらるべきことを主張することも当然であり、また軍の休暇の不承認が労務者の基本的権利に触れるとまで考えたとしても不当とはいえないから、この考えを骨子として、読者に訴えるため労働組合特有の戦闘的表現をつけたとしても、不穏当な個所もあるには違いないが、文書全体として、特にそれを読んだ広田が右文書を他人に配布することも許されないと考えなければならない程不当な文書とはいえず、従つて右文書は他人に配布するだけで労働委員会の救済を拒否される程「日米間に有害な文書」とはいえないものと考える。
なお右文書中「米軍立候補を解雇で脅迫」という点については、仮に右記載が虚偽であるとしても、広田はその虚偽なことを知らずにいたのであるから、その文面だけで広田の救済が拒否される程不穏当な文書とはいえない。
以上のとおり、右組合ニユーズ第一五七号は、広田に対する解雇との関連においてなお正当な組合活動としてなされる文書たるを失わないものというべきである。
原告は、右文書の内容は組合活動の本来の分野でない労働者の政治活動に関する事項を内容とするものであると主張するが、右文書の内容は、労働者が公民としての権利の行使のため職務を離れざるを得ない場合における労働者の待遇に関する主張なのであるから、当然組合活動の範囲に属すべきものである。
三 次に原告は、広田は組合活動として右文書を配布したのでないと主張する。
しかし、成立に争ない乙第一号証の四八と乙第三号証の一によれば、広田は前記認定のニユーズを手渡しする当日午前七時半他の組合役員と共に基地ゲート前で同じニユーズを駐留軍労務者に散布していたことが認められ、また前記認定のように、広田は甲子園神戸基地におけるニユーズ配布に際しては岡越に対し副委員長山口が立候補するからといつて渡し、有末には前記のような発言をしているのであるから、右組合ニユーズ第一五七号の配布が全駐労の活動に資するためになされたと認めるのが相当であり、従つて組合活動としてなされたものというべきである。
なお、原本の存在とその成立に争ない乙第一号証の四および成立に争ない乙第三号証の一には、広田が右ニユーズ配布行為を組合活動とも思つていなかつた旨の記載があるが、これは前記認定のように久しぶりに会つた旧同僚との食事中における談笑の際こんなニユーズがあるといつて渡した程度であるから、広田自身は、自分自身で考えている組合活動という観念からすれば、何か大袈裟すぎる感じを持つていたことは認められるが、それでは広田自身その行為が組合のためになるという意識さえなかつたとすることは前記認定の事態から見てかえつて常識に反するので、前掲証拠も広田の文書配布行為が労働委員会の救済の対象となる組合活動でないとする証拠とは考えられない。
その他前記認定をくつがえすに足りる証拠はない。
従つて広田の右文書配布は組合活動としてなされたというべきである。
また仮に広田に右配布行為当時組合のためになるという意識すらなかつたとしても、その行為は客観的には組合のための行為たるを失わないから、その行為を理由としてなされた不利益待遇はなお不当労働行為を構成するものと解すべきである。
蓋し、不当労働行為制度は、使用者側に法律上定められた組合活動に関連して不公正な差別扱があつた場合にこれを排除する制度なのであるから、その行為が客観的に組合活動である以上、仮にその行為者が誤解して組合活動と思わなかつたとしても、その行為を理由としてなされた不利益処遇は、なお不当労働行為たるを失わないからである。
四 次に原告は広田の右文書配布行為は協約に違反すると主張する。
全駐労と国との間に締結された労働協約第五八条の内容が原告主張のとおりであつて、右協約条項について右当事者間に原告主張の確認事項の存すること、広田が組合ニユーズ第一五七号を基地内において配布するに際して軍に対し何等の手続をとつていないことは当事者間争ない。
しかし、右確認事項にいう組合活動とは、それがどんな程度のものであるかは問わず、すべて軍に対する所定の手続を要する趣旨で協定されたと認むべき証拠はなく、右協約五八条および確認事項から見て、休憩時間中の組合活動は自由であるけれども、社会通念上軍の基地管理権の行使に影響あるものは軍に対する所定の手続を経てから行うものとされたものと認められる(もし、一切の組合活動が軍の所定の手続を経てから行わるべきものとすれば、休憩時間中二人の間で行われる組合のための話合も事前の承認を要することとなるので、協約当事者間にかかることまで確認されたとはたやすく考えられない。)。
従つて、どの程度の行為が軍に対する手続を経て行わるべきかは、従前の慣行その他その行為の態様、行われた場所、行為の影響等によつて判断せらるべきものと考える。
原本の存在とその成立に争ない乙第二号証の七(昭和二七年八月二七日大阪府総務部外務課長よりキヤンプ堺労務連絡士官あて書簡)によれば、基地内におけるビラの配布は、労務連絡士官の許可を得て行うものとされていることが認められるが、前記認定のように広田は休憩時間中日本人食堂において友人二人に対し談笑の間に組合ニユーズ五枚程を手渡したにすぎないし(岡越の如きは内一枚をパイプの掃除に使つている。成立に争ない乙第一号証の四五中証人岡越清隆の供述記載による。)、成立に争ない乙第三号証の一によれば、広田は主観的には、自分の行為は、「自分の日常の動作の現われで、自分としても意識して組合活動とは思つていなかつた」ことが認められ、また成立に争ない乙第二号証の一(大阪府知事の再審査申立書)によつて認められるように大阪府知事側も「昭和三〇年四月四日全駐労大阪地区本部執行委員長がその大阪労管所長あて申入書において表明した「広田政彦の行為は生活を営む人間として、労働者としての行為であつて厳格にいう組合活動といい得ないと思考する」との見解が当時の状況としては純粋、かつ、卒直なものであつて、これらの点から解雇そのものの当、不当を争うことについては大阪府知事側も理由なしとしない」と考えていることから見ると、広田の前記行為の程度のことは、その行為の態様等から推して特に従前の慣行に反し、米軍基地管理権に触れる行為として解雇に価する行為とも考えられないから、右行為は軍に対する所定の手続を経て行われなかつたとしても、労働委員会の救済を受くべき正当な組合活動たるを失わないものというべきである。
従つて、原告の広田の行為が協約に違反し、正当なものでないとする主張は理由がない。
五 以上のとおり、広田の基地内における組合ニユーズ第一五七号の配布行為は、労働委員会の救済を受くべき正当な組合活動たるを失わないから、これを理由として原告が昭和三一年三月三一日解約の告知をしたことは労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為というべきである。
六 原告は、広田の勤務先であつた米軍基地沢の町モータープールが廃止となつたので、原告は広田に対し昭和三二年九月三〇日をもつて解雇する旨の予備的解雇の意思表示をした旨主張し、この事実は被告の認めるところである。
しかし、本訴においては、大阪府地方労働委員会の救済命令に対する原告の再審査申立を棄却した被告の判断に取り消さるべき違法の点があつたかどうかが問題となつているのである。従つて被告の判断した当時において原告の再審査申立を棄却したことの適否のみが問題となり、被告の判断の後になされ、従つて被告の判断には関係のない広田の予備的解雇が被告の判断の適否に影響があるとは考えられない。
また被告の支持した大阪府地方労働委員会の救済命令から考えてみても、右命令は原告が広田に対し昭和三一年三月三一日なした告知に対する具体的な措置としてなされたのであるから、原告がその後広田に対しなした予備的解雇の事情の如きは、原告において右命令をどの程度履行したら右命令に違反しないことになるかどうかの問題には関連があるけれども、右命令の適否には関係がないものという外はない。
第三 以上のとおり被告の別紙命令の取消を求める原告の主張はいずれも理由がないから、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)
(別紙)
命令書
再審査申立人 大阪府知事
再審査被申立人 全駐留軍労働組合大阪地区本部
右当事者間の中労委昭和三十年不再第三十号事件について、当委員会は、昭和三十一年十一月七日第二百七十三回公益委員会議において、会長公益委員中山伊知郎、公益委員細川潤一郎、同藤林敬三、同吾妻光俊、同中島徹三、同佐々木良一出席し、合議の上左の通り命令する。
主文
本件再審査の申立を棄却する。
理由
第一認定した事実
一、広田政彦(以下単に広田という)は、昭和二十三年七月再審査申立人大阪府知事によつて駐留軍労務者として雇用され、昭和二十八年一月からはキャンプ神戸(以下軍という)沢之町モータープールに自動車運転手として勤務していたが、この間広田は、昭和二十六年十月、再審査被申立人全駐留軍労働組合大阪地区本部(以下組合という)の前身である全大阪進駐軍要員労働組合の結成活動に準備委員として参加、結成に際して執行委員に選出されてより以降は、昭和二十七年十月から翌二十八年三月までの間を除き、継続して組合執行委員、同副委員長、組合沢之町モータープール支部長、同支部相談役などの役職を歴任、昭和二十九年四月三十日に後記の経緯で解雇された際には、組合沢之町モータープール支部長の地位にあつて活躍していた。
二、昭和三十年四月の大阪府会議員の選挙に際して、当時組合副委員長であつた山口登が立候補することになつたので、組合は同人を組合推せん候補とすることを決定、かつ同人のために選挙運動およびその準備に必要な期間として同年三月二十一日より四月二十三日までの間を無給休暇とするよう大阪府知事を通じて軍に申入れた。これに対し軍からは三月十四日付で(1)使用部隊による不認可、(2)不在の期間中同僚労務者が過労におちいる可能性がある、(3)不在の期間中代員を入手することができない、との理由をあげて右申入を不許可とする旨府知事宛に回答、この回答は三月十七日府知事より組合に伝達された。
一方山口登は、右の交渉の進行中も、三月十三日頃から選挙準備のために休暇願を出して欠勤していたが、三月二十三日軍から呼び出されて、人事課ゴーマン軍曹より、休暇を認めることはできない、必要とあれば自己退職するように告げられたこと、山口がこれに対して、休暇は許可されるべきものと信ずるから自己退職はしない。かりに休暇願を出したまま休んでしまえばどうなるかと尋ねたところ、懲戒解雇になるとの答があつたことが認められる。
しかして組合としては、軍が前記申入に対する不許可の理由としてあげたものは根拠簿弱であると考え、この問題に対する軍の態度の修正を求めることを決意し、友誼団体の支援を求める等の対策を講ずると共に、組合員に問題の経過と組合の見解を周知させるため三月二十四日付の組合ニーズ第一五七号に、「山口副委員長の府議立候補に米軍解雇で脅迫、国民の権利を守る為断固闘争を決意」なる標題を付した、書記長尾上文男の執筆になる記事(その全文は別紙の通り)をトップ記事として掲載、組合員等に配布した。
三、広田は、三月二十四日地区本部に出向いた際この組合ニューズの若干部を組合員に配布するために受領し、翌二十五日朝、広田は出勤時刻前に組合執行委員中村喜平と共に、右組合ニューズ第一五七号を沢之町モータープールの門前において組合員に配布した後、その若干部を所持して、同日午前材料受領のため貨物自動軍を運転してキャンプ神戸甲子園倉庫に赴いた。同所で積荷作業中休憩時間となつたので、同所の日本人食堂において昼食、休憩中、たまたまもと広田の同僚であつた同倉庫勤務の駐留軍労務者岡越清隆と出会い、暫時歓談した。その際話題が組合の近況に及んだので、広田は前記の組合ニューズを右岡越、および同じくかつて大阪地区に勤務していた城谷節二(当時キャンプ神戸勤務)に数枚手渡した。
四、しかるところ三月二十九日になつて広田は、軍の労務連絡士官バーグナー少佐から呼出され、甲子園倉庫において組合ニューズを手渡したことについて詰問された上、翌三十日一日間の出勤停止の言渡をうけ、なお陳述書の提出および三十一日に再び同士官のもとへ出頭することを命ぜられた。翌三十一日広田同士官のもとへ出頭したところ、同日付で解雇予告の通告をうけ、同年四月三十日をもつて解雇されたのである。
五、広田に対する解雇の理由として示されたものは、解雇通知書によれば、「日米関係に有害な情報を撒布するために在日米軍施設を利用したこと」とあるが、それは具体的には、三月二十五日に広田が前記のように米軍施設内で組合ニューズを手渡したことを指し、また「日米関係に有害な情報」とは、組合ニューズ第一五七号中の、山口登の休暇の問題に関する前記の記事をいうものであることが認められる。なお、再審査申立人は、本件解雇に際しては、組合ニューズを手渡した際に広田がなした言動も考慮されていると主張するけれども、その際広田にいかなる言動があつたかを認めるに足る証拠はないから、かかる主張は認めることができない。
第二判断
一、本件組合ニューズは、以上の認定から明らかなように、本来組合の意思と方針にもとづいて作成され、かつ配布されたものであるから、広田が三月二十五日朝沢之町モータープール門前において右文書を配布した行為は勿論のこと、これと関連して同日昼休に同人が甲子園倉庫において同僚の駐留軍労務者にそれを手渡したこともまた組合の意思と方針とに基く行為でないということはできない。
二、しかして、組合ニューズ中の問題の記事は、要するに、山口登の府議立候補に関連する休暇問題の経緯と、これについての組合側の見解を述べたものであつて、これにつき再審査申立人は、軍が山口の立候補に対して「解雇で脅迫」した事実はなく、右記事の標題は虚構の宣伝であると主張するけれども、組合がこの記事を組合ニューズに掲載するに至つた事情が前記認定の如くである以上、その表現に多少穏当に欠く嫌いがあつたとしても、これをもつて直ちに「日米関係に有害な情報」と称するのは当らず、労働組合に許された宣伝活動の自由を逸脱するものとはいえない。
三、また、広田が右組合ニューズを同僚に手渡したのは米軍施設内でのことであるとしても、それは、労務者が食事、談笑、娯楽等各自の任意に費すことが許されている休憩時間中における、従業員食堂での出来事であつて、全駐留軍労働組合と調達庁との間に当時有効であつた労働協約第五十八条「甲(調達庁)は……乙(全駐留軍労働組合)の組合員及び組合専従者が事業場内において休憩時間及び作業終了後組合活動をすることを承認する」の規定に照しても、何等非難に価するものとはいえない。もつとも、右の協約条項については協約当事者間に、「第五十八条は……行政協定第三条に基く軍の権限を排除するものではない。従つて軍の施設又は区域内において組合活動を行う場合においては、軍の必要とする手続をとるものとする。」との確認があり、而して広田は問題の組合ニューズを手渡すに際して、軍に対しては何等の手続をもとつていないのであるけれども、広田の前記行為は右確認が前提とする「基地管理権」に何ら抵触する如き態様のものではなく、また職場秩序に反するものとも認められないから、この点を考慮しても広田の右の行為が正当な組合活動に属しないものとする再審査申立人の主張を正当化することは困難である。
四、以上のように本件解雇は、山口の府議立候補の問題に関する組合ニューズ第一五七号の内容とその配布に刺激された軍が、組合支部長である広田が三月二十五日沢之町モータプール門前での同ニューズ配布に関連して、たまたま同日昼休中に甲子園倉庫において同僚の駐留軍労務者に右組合ニューズを手渡したことをとらえ、これに対して「日米関係に有害な情報を撒布するために在日米軍施設を利用した」との口実を設けて行つたものであつて、広田の右行為が労組法第七条第一号にいうところの「労働組合の正当な行為」であること前示の如くである以上、本件解雇は正当なる労働慣行に反し、同条同号に違反するものといわざるを得ない。結局本件初審命令は相当であつて再審査申立は理由がないから、労働組合法第二十五条、第二十七条および中央労働委員会規則第五十五条に従い、主文の通り命令する。
昭和三十一年十一月七日
中央労働委員会会長 中山伊知郎
(別紙)
山口副委員長の府議立候補に米軍解雇で脅迫
国民の権利を守る為断固闘争を決意
全駐労大阪地本は大阪府を通じ都島区から府議に立候補する、地区本部副委員長山口登の無休暇を申入れていたが米軍は大阪府を通じ三月十七日、
<1> 使用部隊による不認可
<2> 不在の期間中同僚労務者を過労におちいる可能性がある
<3> 不在の期間中代員を入れることが出来ない
と回答、国民の基本的権利を蹂躪する回答をして来た。
組合側は日本国民の権利を守る為飽く迄も闘う決意を固め総評大阪地評とも連絡国民の支援の中に米軍の横暴を封殺せんとしている。